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東京地方裁判所 昭和63年(特わ)1600号 判決 1989年5月09日

主文

被告人Nを懲役三年及び罰金四億円に、被告人Iを懲役八月に各処する。

被告人Nにおいて右罰金を完納することができないときは、金一〇〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人N(以下「被告人N」という。)は、東京都世田谷区上北沢四丁目二九番五−二〇四号の藤和上北沢ホームズに居住し、自ら開発した節電装置(商品名「セーブ・ド・ウー・システム」)をはじめ各種分電盤、配電盤等の設計、製作、販売等を目的とする株式会社明電工〔以下「明電工」という(本店所在地−同都新宿区新宿五丁目八番二−八〇四号)。〕の取締役相談役として、かつ、右節電装置の販売を目的とする株式会社石田省エネルギー研究所(以下「石田省エネ研」という。)の実質的な経営者として両会社の経営権を掌握する傍ら、昭和五九年ころより営利の目的で多額の資金を投入して継続的に有価証券売買を行っていたもの、被告人I(以下「被告人I」という。)は、昭和四五年、教会の信者仲間として知り合った被告人Nの誘いを受けて明電工に入社し、石田省エネ研設立時より同社の代表取締役に、又、そのころ明電工の取締役にそれぞれ就任して両会社の事業活動における被告人Nのいわゆる「片腕」となって稼働するなどしていたものであるが、

第一  被告人Nは、自己の所得税を免れようと企て、右有価証券売買を他人名義で行うなどの方法により所得を秘匿した上、

一  昭和五九年分の実際総所得金額が三億四七七六万六五八九円あった(別紙一の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六〇年三月一五日、東京都世田谷区松原六丁目一三番一〇号所在の所轄北沢税務署において、同税務署長に対し、同五九年分の総所得金額が三〇六四万五九三円でこれに対する所得税額が七一万二八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六三年押第一三一六号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億一八四一万四六〇〇円と右申告税額との差額二億一七七〇万一八〇〇円(別紙一の(2)脱税額計算書参照)を免れ、

二  昭和六〇年分の実際総所得金額が九億九六一七万七三二九円あった(別紙二の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六一年三月一一日、前記北沢税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の総所得金額が四七七四万三八三五円でこれに対する所得税額が七九五万三二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2、3参照)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額六億七四一八万二六〇〇円と右申告税額との差額六億六六二二万九四〇〇円(別紙二の(2)脱税額計算書・同二の(3)資産所得あん分税額計算書参照)を免れ、

第二  被告人N及び同Iの両名は、共謀の上、被告人Nの所得税を免れようと企て、有価証券売買を前同様他人名義で行う等の方法によりその所得を秘匿した上、被告人Nの昭和六一年分の実際総所得金額が二五億六二二九万三四五一円あった(別紙三の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六二年三月一三日、前記北沢税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額が八億六八九五万六五三一円でこれに対する所得税額が五億六八二五万二四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の4、5)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一七億五二九五万三〇〇円と右申告税額との差額一一億八四六九万七九〇〇円(別紙三の(2)脱税額計算書・同三の(3)資産所得あん分税額計算書参照)を免れた

ものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

第一  被告人Nにつき

一  罰条

判示第一の一、二の各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項

判示第二の所為につき、刑法六〇条、所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択

いずれも所定刑中懲役刑と罰金刑を併科

三  併合罪の処理

刑法四五条前段、懲役刑につき四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重)、罰金刑につき四八条二項

四  労役場留置

刑法一八条

第二  被告人Iにつき

一  罰条

判示第二の所為につき、刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項

二  刑種の選択

所定刑中懲役刑を選択

(量刑の理由)

本件は、株式会社明電工の元相談役で、「セーブ・ド・ウー・システム」と称する節電装置の開発者でもあった被告人Nが、営利の目的で継続的に行っていた有価証券売買について他人名義を使うなどして自己の所得を秘匿し、昭和五九、六〇両年分の所得税合計八億八三九三万一二〇〇円を免れたほか、同被告人と同社代表取締役専務の被告人Iが共謀の上、前同様の手段、方法により被告人Nの所得を秘匿し、昭和六一年分の所得税一一億八四六九万七九〇〇円を免れた事案である。そのほ脱額は三年分を合計すると、二〇億六八六二万九一〇〇円と巨額であり、ほ脱率も通算して七八.一九パーセントと高率に及ぶ稀に見る大型の脱税事犯であること、多額の資金を投入した多数回にわたる大量の有価証券取引を多数の借名口座を利用して他人名義の取引に分散する工作を行うなど所得秘匿の手段、方法が大がかりであるうえ、計画的かつ巧妙であること、健全な一般の投資家ひいては証券業界等に及ぼした社会的影響が大きいこと等を考慮すると、本件犯行の犯情は悪質で、被告人両名の刑責は重大であるといわなければならない。

以下、被告人らの情状を個別的に見ることとする。

被告人Nは、昭和五九年以降の明電工及び石田省エネ研による節電装置「セーブ・ド・ウー・システム」の飛躍的な売上増加に伴い、電気事業連合会及び電気保安協会等が右装置には保全上危険があるなどとして右装置の利用者との間の保安受託業務契約を解除する事態が発生したことなどから両会社の将来性に不安を感じ、企業基盤の強化策を検討していたところ、証券会社の企業部長高野肇元、同外務員久保田進らいわゆる証券マンや証券取引所の審査課長を経験した投資家などと順次面識を得、同人らからの助言や情報を得ながら資本参加含みあるいは投機を目的とした株式取引を開始した。被告人Nの行った証券取引の形態は、証券会社の外務員に委託し有価証券取引市場において行ういわゆる市場内取引と、右取引市場を介することなく株式取引の相手方と直接に売買する市場外(相対)取引の両者であり、市場内取引にあっては、利用した証券会社が三〇社近くに及び、その取引口座は九〇名義を超えており、市場外取引は、株式会社吉田工務店が昭和五九年一二月に実施した第一回第三者割当増資における一八〇万株の引受、株式会社カロリナが昭和六〇年一一月に実施した第三者割当増資における五五〇万株の引受及び株式会社ユニチカからのカロリナ株二一八万五〇〇〇株の譲受け、又、昭和六一年四月の株式会社山田建設の経営権譲受けの際の同社株二九〇万株余の買付けなどに見られる、いわば資本参加を伴う大量の株式取得であり、右両形態による株式売買高は本件起訴対象の三年間で合計四七〇〇万株を超え、その売買益は、債券分を含め四三億円余に上っている。しかして、被告人Nは、右のごとき多額の利益を秘匿して本件脱税行為に及んだものであるが、その犯行の動機は、前記節電装置関係事業に対する他からの圧力等により同事業にかげりが生じた場合に備え、事業資金や被告人Nをはじめ家族や従業員らの生活資金を確保しておくためというもので特に同情すべきところはない。また、犯行の態様をみても、被告人Nは、右市場内取引における借名口座中三一名義の口座を自ら準備設定し、市場外取引の内、前記吉田工務店の第一回第三者割当増資における株式引受に際しては単に明電工の名義を借用したに止まらず、被告人I、Yら八名が明電工の名義で各々吉田工務店の株二〇万株を引き受けた旨の念書を作成した上これを公正証書化して右株の帰属分散の仮装工作を行い、又、カロリナの第三者割当増資の引受及びユニチカからのカロリナ株の譲受けに際しては小田清孝の名義を借用するなど極力自己の名義を伏せ、これら借名取引のための資金借入や株の売却代金の管理口座等として被告人IやYの名義を使用したほか多くの架空あるいは借名口座を利用して自己の株取引の隠蔽工作をし、更に、東京国税局が昭和六一年一〇月二日明電工に対し法人税法違反で査察調査を開始するや、同調査により被告人Nの所得税法違反が発覚するのを防止すべく、被告人Nの株式売買を被告人両名を含む七名の共同取引であるかのごとく仮装して所得を分散させようとの被告人Iの提案を容易に受け入れ、昭和六〇年分につき右七名による虚偽の修正申告をなし、昭和六一年分についても右修正申告と同様の方法で被告人Nの所得を分散・縮減して内容虚偽の所得税確定申告に及んでいるのであって、その所得秘匿の手段・方法は悪質・巧妙というほかないし、しかも、被告人N自ら従業員に指示して有価証券売買報告書等取引関係書類を焼却させたり、査察官の質問には株式の七名共同取引が真実である旨弁明するよう関係者に指示までしているのであって、被告人Nの法無視の態度には著しいものがあることなどを併せ考えると、被告人Nの刑責は非常に重いといわなければならない。

しかしながら、被告人Nが、多数回にわたる大規模な有価証券取引をするについては、証券会社の外務員の企業診断担当社員、俗にベテラン投資家等と呼ばれる者等が多数関与しており、その中には、被告人Nの有価証券取引が課税要件を充足することを承知しながらこれを回避する脱法的手段の有ることを同被告人に教え、更に、自ら進んで借名口座を用意して株取引を奨励し、年間を通じた被告人Nの株式取引の回数・取引株数を不当に分散、調節して同被告人の所得秘匿に加担して利益の分配に与かったり、節電装置の売上増加に伴い好況を続ける明電工との業務提携及びそれに伴う増資を被告人Nに引き受けさせて業績不振からの脱却を図り、あるいはかかる会社への投下資金の回収を図ろうとした者も含まれており、これら被告人Nの周囲にむらがって自らの利を図った関係者の姿勢にも問題があること、被告人Nは、本件株式売却益あるいは取得株式の一部を明電工や石田省エネ研の事業資金として使用した他、O、被告人Iら明電工社員、明電工の各地の代理店事業主、関連会社となった吉田工務店の元代表者らに分配したり、育英会の運営資金として拠出し、教会への献金等に使用してはいるが、自己の遊興の目的に充ててはいないこと、被告人Nは、本件の重大性を悟って犯行を自認し、起訴にかかる三年分の所得につき昭和六三年一二月二六日修正申告(昭和六〇年度分については再度の)をし、本年二月二八日に昭和六〇年分、同六一年分として前記七名名義で納付していた所得税合計九億六八〇〇万円余が還付されて被告人Nの納付すべき所得税の本税分(昭和六一年分についてはその一部)に充当され、本年三月二三日には二億七〇〇〇万円を納付するとともに、被告人Nの保釈保証金を納税のため担保提供し、さらに、国税当局に差し押さえらえているカロリナ五〇万株についても担保提供する等していること、本件が新聞紙上等でも取り上げられたほか、所属する教会から宗教上の制裁を受けるなど既に相当の社会的制裁を受けていること、被告人Nの今日までの稼働状況、これまで前科や犯歴のないこと、その他同被告人の年齢、経歴、家庭の事情等、被告人Nのために有利な、又は、同情すべき事情が認められる。

次に、被告人Iについてみると、被告人Iは、東京国税局の明電工に対する法人税法違反容疑による査察調査が開始されたことから、被告人Nの有価証券取引を中心とする所得秘匿の事実が発覚し、ひいては所得税法違反事件として告発、起訴される事態が発生することになると明電工や石田省エネ研の存続が危ぶまれるとの危機感を抱き、かかる事態を極力防止しなければならないとして、被告人Nと共謀のうえ、判示第二の所為に及んだもので、かかる犯行の動機を殊更有利な事情とすることは許されないこと、被告人Nの有価証券売買による所得を部下数名を含む七名の有価証券売買による所得であるかのごとく仮装して同被告人の所得を秘匿しようとの本件脱税の手段・方法を自ら進んで提案し、近藤義久ら部下を説得してその旨納得させてこれを実行に移すとの重要な役割を分担したこと、被告人Iは、かねてより被告人Nが大量の有価証券取引をしていることを承知し、同被告人の指示するまま石田省エネ研から多額の株式購入資金を貸し付け、又、被告人Nが大量の株取引を他人名義でする意図を知りながら石田省エネ研や被告人Iの名義を使用することを承諾して被告人Nの有価証券取引隠蔽工作に加担していたこと、被告人Nから受け取ったり、あるいは被告人I名義の預金口座に振り込まれる被告人Nの株式譲渡代金等の内から被告人Iが費消した金額は数千万円に上ることなどを考慮すると被告人Iの刑責も重いといわなければならない。

しかしながら、被告人Iは、被告人Nの所得税のほ脱に係わったもので、同被告人に比し従たる立場にあったことは否定できないところであり、本件の所得秘匿の発覚が被告人Nを実質的オーナーとする明電工、石田省エネ研両社の経営危機に繋がりかねないと考えた点については、心情的に全く理解できないわけではないこと、被告人Iは、これまで右両会社の事業発展に向け努力を重ねてきたこと、本件の非を悟り、捜査・公判を通じて犯行を自認して反省の態度を示していること、前科や犯歴のないこと、その他、被告人Iの年齢、経歴、家庭の事情等同被告人のために有利な、又は、同情すべき事情が認められる。

以上のような、被告人両名にとって、それぞれ有利な、あるいは不利な諸事情を総合勘案すると、被告人Nに対しては主文掲記の懲役刑及び罰金刑を、同Iに対しては同掲記の懲役刑を科すのが相当であり、被告人両名の各刑責の重大性にかんがみると、本件は、被告人両名に対する各懲役刑の執行を猶予すべき事案ではなく、両被告人のために酌むべき諸事情は、それぞれ刑期(被告人Nについては刑期及び罰金額)の点で考慮するのが相当であると判断して、主文掲記の各刑を量定した次第である。

(求刑 被告人Nにつき懲役四年及び罰金六億円、被告人Iにつき懲役一年)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官稲田輝明 裁判官中野久利 裁判官中村俊夫)

別紙<省略>

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